「 『国家の生存は武器次第』とゼ大統領 」
『週刊新潮』 2025年10月9日号
日本ルネッサンス 第1166回
石破茂首相が日本時間の9月24日、国連総会で一般討論演説を行った。石破氏はXに「(演説は)みなさまに熱心に聞いていただきました」と写真と共に投稿した。が、その写真の総会会場には殆ど人影はなく、がらんどうのようだった。
氏の演説は米国時間で23日のその日最後、夜10時近くに設定されていた。退任間近の力なき政治家の言葉に耳を傾ける各国代表はおらず、皆欠席したのだ。
世界から相手にされない理由はその主張の空疎さにもあろう。石破演説の要点は3つ。⓵国連は機能していない、⓶核なき世界を目指す、⓷日本は国際社会と共に歩み、先頭に立ち続ける、だ。
⓵を氏は国連80年の歴史を辿りながら語ったが、国連の機能停止状態はすでにわかりきったことだ。今更の長広舌は中学生以下のレベルではないか。
⓶の理想は幼い小学生でも言える。17年前に、大統領就任前のオバマ氏が同様の目標を語ったが、氏は同時に米国の核戦力向上に100兆円規模の予算を組んだ。世界最強の核戦力こそ国防に必要だという現実も見ていたのだ。
⓷は石破氏の現状認識にカビが生えていることを示している。「国際社会と共に歩む」との決意表明で氏は演説を結んだが、安易にすぎないか。国際社会とは何か。現時点でこの一言でまとめることのできる社会が地球上に存在するのか。
石破氏は⓵で戦勝国が作った戦後の国際秩序はすでに破綻したと指摘した。そのとおりだ。ロシアのウクライナ侵略戦争は明確な国連憲章及び国際法違反だが、拒否権を持つ常任理事国でありながら、プーチン大統領は自らの国連憲章違反を気にもとめない。
もうひとつの常任理事国、中国はロシアの仕掛けた戦争の違法性を十分承知しながら、これまた気にしない。中国はロシアと共に自分たちに都合のよい別の国際法、国際秩序を創ると決めているからだ。中国の思惑はロシアに戦争を続行させ、米欧の力を殺(そ)ぐことにある。経済的、軍事的支援でロシアの戦争継続能力を担保するゆえんである。
「国際社会」は存在しない
中国の支援を受けてプーチン氏は強気だ。氏はウクライナにとどまらず、ポーランド、モルドバ、エストニアにも攻撃の手を広げる。
中東ではハマスの攻撃で始まったイスラエルVSハマス・イランの戦いも止まらない。イスラエルはイランの核開発を止めるべく攻撃に踏み切り、米軍も加わった。
終わりの見えない戦争の真っ只中で、世界は二つの勢力に分かれている。国際社会は価値、利害、目指すべき大目標のどれも共有できていない。まとまって行動する母体としての「国際社会」は存在しない。存在しない「国際社会」と共に、石破氏はどのように「核なき世界」を築くのか。鳩山由紀夫氏同様、空疎な夢を見るわが国首相の愚かな姿を世界に晒すのは実に恥ずかしい。
9月26日、シンクタンク「国家基本問題研究所」の総合安保報告会で双日米国副社長、吉田正紀氏が「全世界で国家の生存本能が覚醒している」と指摘した。国連におけるウクライナ大統領、ゼレンスキー氏の演説が一例である。
「我々は今、人類史上最も破壊的な軍拡競争を生きている」として氏は語った。
「今日、安全を保障できるのは他の誰でもない、我々自身だ。強い同盟のみ。強いパートナーのみ。我々自身の武器のみだ」「生き残るのは誰かを決めるのは、国際法でも協調でもない。武器である」
何としてでも生き残らなければならない。極限まで攻め込まれている国の指導者ゼレンスキー氏、そしてウクライナ国民は正に生存本能を鮮やかに覚醒させたのだ。3年前、日本と同様に夢見る平和国家だったウクライナは、今や国民総動員で堂々と戦う戦時体制にある。
ゼレンスキー氏は欧米諸国の援助に感謝しつつ、国連総会の場で新たな安全保障同盟の構築を訴えた。すでに30か国以上が参加を表明したという。ウクライナは参加国に自らが開発した武器、技術を提供すると宣言した。彼らのドローンの技術は、現在世界一だ。
日々国民が殺され続ける。多くの子供たちが拉致され続ける。理不尽な現実に直面し続けているゼレンスキー氏が声を絞り出すかのように語った。「生き残るのは誰かを決めるのは武器だ」「国際法ではない」と。限りなく重いゼレンスキー氏の言葉に較べれば、「核なき世界を国際社会と共に作る」という石破氏の言葉は、鴻毛(こうもう)の如しである。
わが国はどう対応するのか
国連でのトランプ大統領の演説は15分の制限を大幅に越えて1時間近くに及んだ。多岐にわたった内容はどの断面から読んでも自画自讃である。中国、ロシアの「武力による支配」に米国はどう臨むのか、その全体戦略をトランプ演説から明確に読みとることは難しい。しかし、これまでの氏の発言から見て、中国の覇権は許さないという揺るぎない原点は明確だろう。
わが国はまず中国が覇権確立を目指してどれほどの準備を整えてきたかを認識すべきだ。9月3日、習近平国家主席はロシア、米国に次いで大軍事パレードを挙行した。米露より規模が大きく、力は盛大だと、習氏が胸を張った。その特徴のひとつは究極の兵器としての核戦力の向上である。台湾有事の際、米軍の介入阻止のために、米軍に対する核の三本柱、地上発射、潜水艦発射の弾道ミサイルに加えて、これまで中国にはなかった空中発射の弾道ミサイル、JL-1(驚雷3)を揃えた。陸海空からの核攻撃能力、三本柱の能力を披瀝した戦略威嚇は、米国のみならず、わが国にとっても脅威である。
岩田清文元陸上幕僚長は「概念的、装備的、技術的にも、中国の軍事力は予想を越える」と語る。
わが国はどう対応するのか。自民党総裁候補は現段階では五氏の内、小泉進次郎、林芳正、高市早苗三氏のいずれかに絞られた。小泉氏と林氏は石破路線を継承するとの立場で防衛力整備に関して対GDP比2%の予算を実現すると語った。国際情勢を理解していない点で石破氏と同じレベルだ。
高市氏は国防費の増額を数字を示して明らかにした上で、スパイ防止法の制定、外国資本、とりわけ中国資本のわが国国土買収の制限についても前向きだ。
同盟国にまで高関税をかけてくる「アメリカ第一」のトランプ氏に、中国の脅威抑制戦略を維持させるため、わが国は国防努力を倍加し、トランプ氏の米国をも支える力を構築しなければならない。それはまずわが国の国益を守る術であり、米国の国益に資する。その心構えをトランプ氏に説けるのは誰よりも高市氏であろう。現段階で2%を目指すとしか言えない小泉氏や林氏では話にならないのである。
